細川家の美術館

永青文庫は、護国寺の門前町であった音羽通りから神田川を上流方向へ桜並木に沿って歩き、急坂を登り終えるとたどり着く。取水口があったこのあたりの神田川の水は綺麗で水底が見え、水鳥が泳ぎ、亀がこうら干しをしている。永青文庫は高台にあり、周りは緑が多く、まさにお宝を守って隠してきた場所に感じる。現在の理事長の細川護熙さんは現18代当主で、世が世なら熊本のお殿様だ。そして永青文庫を作った人が護熙さんのお祖父さんの細川護立第16代目当主だ。

先祖のお墓である永源庵の「永」と初代藤孝の住まいであった青龍寺城の「青」で、美術館の名前が永青文庫になったそうだ。初代よりもさらにさかのぼると、細川家は室町時代の将軍家に仕える武家で700年以上も続いていることになるそうだ。

今回、僕が一番興味を持ったのは学芸員さんの仕事だ。

1.大事な資料を集める。

2.大事な資料を守る。

3.展覧会を開きみんなに伝える。

4.調べて研究する。

5.楽しさを知らせる。

その中の2を見てもらいたい。いま永青文庫には約94000点の美術品がある。学芸員さんは、保管するというそんなとても手がかかることをやっているのが凄いと思う。僕だったら、瞬く間に全てを壊してしまうだろう。非常に歴史が詰まったツボや絵をかんたんには掃除できない。例えば、兄の部屋はとても汚く掃除なんてできないとする。しかし同じ「できない」でもこのできないは訳が違う。この歴史の重さに押しつぶされそうになるので、僕にはこの仕事はとても無理。

今、永青文庫で支援を呼びかけている。ニュースで知っている通り、地震で熊本城が崩れた。熊本城と言えば、現代の人が作った堀が無残に壊れ、昔の人が作った物は壊れなかったと言うことがあった。そこで城について調べてみた。

日本には少なくとも3万以上の城跡がある。しかし、多くの人は「えっ、そんなにあるの!」と思うだろう。何故そんなにあるかというと多くが中世に建てられた城だからである。じつは江戸時代からは大名でなければ城が建てられないと決まったが、それ以前は地域の有力な武士、寺などによってじゃんじゃん城が建てられていたからである。この事から推測するに、かつてはとてつもない技術があり、我々はそれを失ってしまったのかもしれない。永青文庫の中に、築城に関する手紙や文献もあるのではないかと思う。

細川家に伝わる大事なものの保管場所=永青文庫。ぜひ一度足を運んでみてください。子供は無料!

 

取材/創冴・悠仁・惺那・ここ音

文/悠仁 写真/創冴・悠仁・惺那・ここ音

 

細川コレクション 永青文庫

文京区目白台1-1-1

☎03-3941-0850

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です